2012年8月28日火曜日

無常迅速


ワインコフ彰顕


「生死事大、無常迅速」と言われますが、現実とならない限り私たちは信じようとしません。

 201244日、ショーシン・ボブ・ケリー和尚が亡くなりました。87歳でした。体力が尽きてしまったようです。彼は龍門寺設立メンバーの一人で、亡くなる1週間前に話したばかりでした。この知らせが来るのは分かっていましたが、彼の死を告げる電話を受けたとき、なかなか受け入れることができませんでした。空に光る雷のように、世の中はあっという間に変わってしまうものです

 龍門寺開山当初、敷地に建物は何もありませんでした。「空き缶に寝る」と言ってショーシンさんが小さなキャンピングトレーラーに寝泊まりしていた日々を思い出します。建物の工事が始った頃、ショーシンさんは本堂の床張り工事の手伝いで、電動のこぎりを使い樫の板を切っていたのですが、誤って小指の一部を切り落としたということもありました。仏像を彫り本堂の幕を作ってくれたのもショーシンさんです。新設した僧堂の文殊菩薩もそうです。

 人生はあっという間に過ぎ去ってしまいます。ダライラマは「皆、死が生の一部だと知っているが、それに対して誰も準備はできない。」と言っていました。身近な人が亡くなったとき「無常」が現実となります。それに捉われずにいるのは簡単なことではありません。

 人生について、各自それぞれの思いを持っています。何がほしいかほしくないか。物事がどの程度の速さで、どれだけ続くのか、それがどれだけ大事で、自分がどの程度耐えられるか等々。しかし、私たちのこんな思いを超え、この世はそれ自体の流れに従い進んでいきます。それ独自のリズムがあるのです。始まりのない過去から終わりのない未来へ向かう流れです。人生(個人のいのち)はこの流れの中で起こる、つかの間の現象なのです。

 「生死の中に佛あれば、生死なし(定山和尚、805-881)」と言われます。「生死の中に佛なければ、生死にまどはず(夾山和尚、771-853)」とも言われます。

 この「生(いのち)」は「私の」いのちではありません。私たちみんなのいのちは、始まりのない過去と終わりのない未来が具現化したものです。ある意味「生も無く、死も無い」とも言えます。道元禅師(13世紀)は「ただ生死すなわち涅槃とこころえて、生死としていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし。このときはじめて、生死をはなるる分あり。(正法眼蔵生死の巻)」と言われました。

 では私たちに何ができるのでしょう。片桐老師は「生死の瞬間は私たちの考えを超えたところにある。自分自身が死と向き合う場面になったとき、私たちにできるのは一番最初の瞬間に戻ることだけだ」と言われました。この最初の瞬間とは、自分がどれだけ生きられるか、どのような死に方をするのか、その次に何が起きるか等の思いを超えた、その瞬間そのものです。

 だから道元禅師は「生というときには、生よりほかにものなく滅というときは、滅のほかにものなし。かるがゆえに、生きたらば、ただこれ生、滅きたらばこれ滅にむかひてつかふべし。いとうことなかれ、ねがふことなかれ。」と言われたのです。

 ショーシン・ボブ・ケリー和尚の死そのものが彼の最後の教え、無常迅速、です。
それでも、花が散るのを見るのはつらいものです。



2012年8月3日金曜日

Impermanence is Swift


by Shoken Winecoff, Abbot of Ryumonji Zen Monastery

It is said:  Life and death are the great matter.  Impermanence is swift.  However, we don’t believe it until it happens.

On April 4, 2012 Rev. Shoshin Bob Kelly passed away from this life.  He was 87 years old.  His body just gave out.     I had just talked with him a week before his death.  He was one of the founding members of Ryumonji. When I received the phone call saying that he had passed away, I knew it was coming but still could hardly wrap my mind around it.  Impermanence is swift, like a bolt of lightning striking in the empty sky.

I can remember back when Ryumonji first began before we had any housing.  Shoshin-san slept in a tiny Scamp trailer.  He called it “sleeping in a tin can”.  Those were the early days.  When we started construction of the buildings he helped lay flooring in the Buddha Hall and lost part of his little finger when he was cutting oak boards with a chop saw.  He also carved the Buddha statue and wove the main curtain for the Buddha Hall, and he carved the Manjusri statue for the new Sodo.

A life goes so fast.  The Dalai Lama says, “We know death is part of life, but we’re never ready.”  Impermanence becomes real when we lose someone close to us.  It’s hard to let go.

We have our ideas about life, about what we want and don’t want.  We have our ideas about how quickly things should go, how long things should last, how big things should be, and how much we can handle.  But the Universe has its own flow beyond our ideas.  Life has its own rhythm.  It flows from beginningless past to endless future.  We are  a temporal manifestation of this flow.